この世界を全く違う視点で見ている誰かを理解すること、そして人はみんなそれぞれ違っている 私たちは唯一の存在
2022年10月現在、高校1年生の娘が不登校になったのは、
2015年小学3年生に進級する春でした。
この時期から子どもに教えられたこととして様々な経験をしていきます。
それ以前からも2年生の3学期には行き渋りが頻回にあったり、仕事中に学校から呼ばれたり、幼稚園の頃も一時期休んでいる事もあったのですが。
当時、「学校に行きたくない」と朝から号泣する娘に、仕事に行かないとい
けないし何とか学校に行かせようとしていた私。
「学校は行くところ」「自分は皆勤賞だった」と行かせようとした夫。
昭和の時代に小学生だった私たちは「学校に行かない選択」をすること自体にまだ理解を持つことができていなかったのです。
ただ、幼稚園の頃からも食べなくなったり、おなかが痛くなったりと身体にも影響が出ていたので、「行かない」という気持ちに寄り添いました。
それから、学校では副校長、担任、スクールソーシャルワーカー(SSW)さん、教育相談室と関わる方々が増え、また幼稚園の頃から人と違う行動をしていた事もあり、発達障害に詳しいクリニックに受診しアスペルガー症候群と診断を受けたのです。
ただ、クリニックの先生からは「独特で関わるのに難しいケース」と言われ、何回か診て関りを持ってから診断をしたい先生と診断名を早く知りたい学校との狭間にいたなと今では思います。
その当時私がふと頭に浮かんだのが、
「みんなちがってみんないい」という金子みすゞさんの詩。
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんの唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。
「We are all different and all wonderful.」
そしてスウェーデン映画の『シンプル・シモン』
アスペルガー症候群のシモンは、時間通りに行かなかったりペースを乱されると混乱が生じるから時計とにらめっこ。そんなシモンの気持ちが映像としてわかりやすく描かれています。
みんながみんなそうじゃないんだろうけど、「あー娘もこんな風に思ってるのかなぁ。見えてるのかなぁ」と思えた映画でした。
そしてやっぱり気持ちを表現する絵も世界共通なのねぇ...とも。
この映画を撮ったアンドレアス・エーマン監督の言葉。
「この世界を全く違う視点で見ている誰かを理解すること、そして人はみんなそれぞれ違っているということです。私たちはみんな唯一の存在なのです。」
「娘ちゃんが合わせるのではなく、周りが理解していってあげる環境を作っていければと思います」と、当時娘に関わって下さった方々も、同じように言って下さったのを思い出します。
それからこちらの『みんなの学校』も上映され始めていた年です。
クリニックの先生からは「在籍している小学校に戻るのは難しそうだね」と言われていたので、
学校に行けなくなってしまった娘も居場所がないだろうか?とあれこれ検索していました。
子どもが不登校になった時、子ども自身の居場所もそうだし、親自身も孤独に感じてしまうんですよね。そして一人で抱えてしまうと悪循環に陥りやすいです。
だからもし、今まさに子どもも親も居場所がないと感じていたら、まずはだれか話のできる人や場所を探してみください。